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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)410号 判決

大和銀行浅草橋支店

事実

控訴人(一審原告、敗訴)有限会社田中商店は請求の原因として、控訴会社代表者田中定一は、妻田中のりを使者として被控訴人株式会社大和銀行浅草橋支店で控訴会社振出の本件手形金額全額を支払わせたものであるから、被控訴銀行としては手形を支払者に交付返還すべきであるにかかわらずこれをしないで、右手形を双葉薬粧株式会社に交付したことは明らかに被控訴銀行の過失である。双葉薬粧株式会社はさらにその手形を双葉薬粧販売株式会社に譲渡し、同会社はその債権保全のためと称して控訴会社所有の商品の殆んど全部に仮差押をなした。この仮差押では執行吏は一応差押えた商品の保管を控訴会社に命じたのに、債権者会社はこれを自己の倉庫に保管替することを主張し、それらのことが原因となつて控訴会社の債権者に対する信用が失われ、遂に他の債権者よりも次々と差押を受け競売が行われるに至つた。そのため控訴会社では営業が不能となり、昭和二十八年七月二十五日解散するの已むなきに至つたが、これは全く被控訴銀行が過失により手形の返還を誤つたことによるものであるから、被控訴銀行は、これによつて控訴人に生じた損害額合計六百十五万八千円の内金七十万円と完済までの法定利率による損害金の支払を求めると主張した。

被控訴人株式会社大和銀行は、控訴人主張の手形を被控訴銀行は昭和二十八年二月二十七日受取人双葉薬粧株式会社の裏書によつて取得したのであるが、被控訴銀行が田中のりから受け取つた金七十万円を双葉薬粧株式会社の普通預金口座に入金として記帳したのは次の事情による。すなわち、被控訴銀行浅草橋支店は昭和二十六年十月五日以来右会社との間の契約により同会社に融資をしていたが、その貸出方法としては同会社振出被控訴銀行宛の約束手形(所謂単名手形)を受け取り貸付をなし、その見返担保として、第三者振出にかかり、同会社の所持する手形(所謂商業手形)の裏書を受け、この手形の支払われたときの入金を以て手形貸付金の弁済に充てることとしていた。ところがこの担保手形が数多く且つ満期も別々になつている場合が多いので、被控訴銀行では右会社と合意の上担保手形を各々その満期日前一応控訴会社の普通預金口座に入金として記帳し、これら手形の取立により普通預金に入つた金高が単名手形による手形貸付金額に達したときに、その金額を普通預金から引き出して手形貸付金の支払に充てることにした。本件の手形もこの種の担保手形で、前記の取引方法に従い満期日の前日昭和二十八年六月五日双葉薬粧株式会社の普通預金口座に入金として記帳したが、同月八日不渡となつて返還を受けたので、入金の記帳を取り消したが、翌九日田中のりから買戻金を受け取つたので、更に右口座に入金として記帳したのである。本件係争の手形を買い戻したのは双葉薬粧株式会社にほかならないから、被控訴銀行が右手形を同会社に返還したのは当然である。双葉薬粧株式会社が双葉薬粧販売会社にこの手形を譲渡したこと、同会社が仮差押をしたこと、これがため他の控訴会社債権者が更に差押をなし競売をしたこと、控訴会社がそのため営業不能になつて解散したことは総て知らない。仮りに控訴人主張のような仮差押、その他の経過があつたとしても、控訴会社の破綻は被控訴銀行が本件手形を双葉薬粧株式会社に渡したことによる結果ではないから、被控訴銀行にその責任はないと主張した。

理由

証拠を綜合すると次のような事実が認められる。すなわち、双葉薬粧株式会社は昭和二十六年十月五日被控訴銀行と手形割引の契約を結び、双葉薬粧株式会社の振り出した手形を以て被控訴銀行から融資を受けていたが、その借金の担保として同会社が第三者から取得する所謂商業手形を被控訴銀行に差入れ、被控訴銀行がこの商業手形を取り立てて双葉薬粧株式会社の債務の支払に充当する方法が採られて居り、本件手形もこの担保手形として被控訴銀行が譲り受けたものであつたが、前示のように不渡となり昭和二十八年六月八日被控訴銀行の手に返つたので、被控訴銀行は直ちに双葉薬粧株式会社にこの旨を伝え買戻を求めた。翌六月九日右会社では買戻資金七十万円を調えて控訴会社に届け買戻手続をすることを要求すると共に、一方被控訴銀行浅草橋支店に電話を以て不渡手形の買戻の資金は控訴会社の者に持たせるが、資金は双葉薬粧株式会社から出たものだから手形は控訴会社に渡さずに保管せられたい旨を伝えた。控訴会社の代表者田中定一の妻田中のりは、六月九日右の資金七十万円を被控訴銀行浅草橋支店に持参し、同支店次長内田正勝に面会し、控訴会社の不渡手形を買戻す旨を告げて七十万円を支払つた。その際内田は、先に双葉薬粧株式会社から手形は渡さないで貰いたいとの話があつたから手形は交付できない旨を述べたが、田中のりはそのため支払をやめることなく銀行を立出でたが、同人は手形の返還を受けなかつたことに不安を感じ、帰途右銀行の近くにありかねてから田中の取引銀行であつた富士銀行浅草橋支店に立寄つて、同支店長代理であつた妻田直道に相談したところ、妻田から手形か受取書を取れと忠告せられ、直ちに同支店から被控訴銀行の内田に電話して間違いのないように念を押した。翌六月十日内田は双葉薬粧株式会社からの要求で本件手形を同会社に返還した。双葉薬粧株式会社ではこの手形を双葉薬粧販売株式会社に裏書譲渡したので、同販売会社はこの手形債権の執行保全のため昭和二十八年六月十九日控訴会社を相手方として仮差押命令を得て控訴会社の商品に対し仮差押を執行した。

以上のとおり認められるのであつて、これら認定事実によれば、内田正勝は控訴会社の者が買戻資金を持参して銀行に来ることは知つて居り、現に銀行に行つた田中のりが控訴会社の不渡手形を買戻す旨を述べて金七十万円を支払い、内田はこれを受け取つたのであるから、控訴会社振出の本件手形に対する控訴会社の弁済があつたものと認むべきは当然のことである。従つて、控訴会社がその振り出した約束手形について弁済した以上手形の返還を請求し得ることは明らかである。しかるに被控訴銀行では、本件手形を双葉薬粧株式会社に交付したのであるから、これは取引上要求せられる注意を欠いた過失ある行為と断定される。してみると、このことから控訴人に生ずる損害は相当因果関係のある範囲において被控訴銀行が賠償の責任があるものと認めなければならない。

控訴人は、双葉薬粧販売株式会社が控訴会社に対し仮差押の執行をしたため、他の債権者の信用を失墜し、遂に他の債権者からも次々と差押競売を受けるに至り、遂に営業不能となり解散するに至つたと主張する。しかしながら、証拠によれば、当時控訴会社には千八百万円位の債務があり、また前記仮差押前に満期の到来した控訴会社の手形も数口あつたことが明らかである。さらに、控訴会社は右仮差押前から経営困難な状態にあり、昭和二十八年六月二十三日債権者の集会を開き、約六十人位の債権者の間で整理案を検討したことがあり、控訴会社の全財産を債権者に提供せしめて控訴会社の責任を免除してはとの案も出たが、遂に何らの成案を得られなかつたことが認められる。これらの点から見ると、前記仮差押の執行が原因となつて控訴会社の破綻を来したと認定することは困難である。すなわち、控訴人の主張する営業利益の喪失は被控訴銀行の前記不法行為と相当因果関係ありと認めることはできない。双葉薬粧販売株式会社以外の債権者の強制執行を以て、被控訴銀行の手形返還における過失から生じた結果と認めることもできないから、競売代金が物件の時価以下であつたとして損害の賠償を求める控訴人の請求も亦認容し難い。

結局被控訴銀行に違法行為はあつたが、控訴人の主張する損害はその違法行為から生じたものと認定すべき根拠はないから控訴人の本訴請求は認容できないとして、本件控訴もこれを棄却した。

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